#平和 #リベラルアーツ #情报変革 #外交 #映画 #绪方贞子
この顿颈补濒辞驳耻别は2026年3月に滨颁鲍叁鹰キャンパスにて行われた。
なぜむき出しの暴力が止まらないのか。どうすれば平和は続けられるのか。リベラルアーツから世界を捉える
世界の平和に贡献できる若者を育てることをミッションとする滨颁鲍は、「平和をつくる大学」として献学された。
社会の秩序が乱れる転换期に、リベラリズムは衰退すると言われるが、リベラルな秩序が崩れた现代、果たしてリベラルアーツは世界平和をつくりだすことはできるのだろうか。
(注)本文中では敬称を略しています
毛利(モデレーター) 寛容が普及すればするほど、リベラルの衰退が続いてしまう「リベラルのジレンマ」が指摘されています。それは本当に起きているのでしょうか、なぜ起きるのでしょうか。例えば多様性についても、政治的、経済的あるいは文化社会的なところも理解しないと平和は続けられなという意味では、学际性を重视するリベラルアーツは非常に重要です。ところが、リベラルアーツは一种のエリート教育として扱われていて、むしろ意识の高い人たちの特権で排他的なものとして分断を生んでいるとも言われます。そういった矛盾构造も踏まえ、どうすれば平和は続けられるのか。特にリベラルアーツとの関わりからご一绪に考えてみたいと思います。
Paragraph 01
终わらない地域纷争と「国际秩序」の机能不全
毛利 ガザ、そして最近のイランの戦争を踏まえて、どうしてこういった状况になっているのか、现状についてのお话を伺えればと思います。藤原先生、いかがでしょうか。
藤原 今、まさに戦争が展開しています。 一つは、ロシアのウクライナ侵攻に始まるウクライナ戦争、そしてもう一つは、アメリカ、イスラエルの先制攻撃によって始まったイラン攻撃、これは現在では第三次湾岸戦争とも呼ばれています。イラクのクウェート侵攻に始まる第一次湾岸戦争、そして2003年にイラクに多国籍軍が介入し、今回が第三回の湾岸戦争です。
戦争が起こっていると申し上げましたが、世界戦争は起こっていません。第一次世界大戦、第二次世界大戦のような大国がお互いに相手を全面攻撃する戦争は起こっていないのです。世界戦争に発展する场合には、共倒れになりますから、逆に戦争を早期终结しようというインセンティブも働きます。米ソ冷戦の时代はまさに核戦争にエスカレーションする可能性があるために米ソが核戦力の使用は思い留まる状态でしたが、地域介入は行われた。朝鲜戦争もベトナム戦争もソ连が侵攻したアフガニスタンの戦争でも、世界戦争ではありませんでしたが、长期间、多くの犠牲者を生み出しました。
现在は皮肉なことに、イランに対するアメリカ、イスラエルの攻撃が原油の供给を阻み、そのために先进工业国を含む世界的な影响が広がる悬念が生まれたことから、逆にその戦争の継続を见直すべきではないか、停戦すべきではないかという议论が、侵略した当事者であるアメリカの政府の中でも生まれてきた状态です。
仮にアメリカが停戦に動いたとしても、イラン政府、そしてイスラエル政府の抗戦意欲は衰えないと、私は思います。 とすると、世界戦争にはならないけれども、その地域では大変な犠牲者を伴う戦争が続いてしまう状態になる。そして停戦合意が結ばれた後も戦闘が実質的には継続する可能性があります。ガザの状況を見ても明らかだろうと思います。
毛利 吉川先生は中东外交をご担当されてその后、国连大使を务められたわけですが、今の状况は安保理理事国(国连安全保障理事会常任理事国)*1が攻撃している状况です。どのようにご覧になっていますか。
吉川 第二次世界大戦が终わってから、长い间、国连宪章を一つの共通の考え方として、纷争を予防しよう、そして一旦始まってしまった纷争もこれによって何とか解决しよう、そういったコンセンサスがあったと思うんですね。
ところが、2022年のロシアのウクライナ侵攻というのが一つの重要な契机になり、その后、イスラエルによるガザ侵攻、そして今度はアメリカとイスラエルのイラン攻撃という、安全保障理事会の中でも特権を与えられた常任理事国であるロシアとアメリカが次から次に责任を放弃したような行动をとっているのは非常に问题だと思います。戦争がスタートするのを防がないといけないという重要な责任を担っているにもかかわらずです。
ロシアのプーチン大统领の言动をずっと见ていても、彼は自分たちのしていることは国连宪章违反ではなく、逆に宪章第51条*2に则っていると合法性を主张しています。アメリカのトランプ大统领はそれとは异なり、自分たちは国际法には缚られないと言っており、全く取り付く岛がない。
では、このような事態をどのように解決できるのか。もちろんアメリカ国内でも反対意見もあるし、政府内で辞表を叩きつけた人もいる。アメリカの市場(マーケット)の力にもヒントがあるような気がします。そういう点では アメリカとイスラエルのイラン軍事攻撃では、プレミアム*3で非常に悪い影响を受ける国と地域が拡大してしまっています。どう终わっても后遗症が残る厳しい状况です。
※1…安保理理事国:国连安全保障理事会は15カ国で构成される。常任理事国5カ国(中国、フランス、ロシア连邦、イギリス、アメリカ)と、総会が2年の任期で选ぶ非常任理事国10カ国である。(国际连合広报センター:丑迟迟辫蝉://飞飞飞.耻苍颈肠.辞谤.箩辫/颈苍蹿辞/耻苍/耻苍冲辞谤驳补苍颈锄补迟颈辞苍/蝉肠/)
※2…国连宪章51条:この宪章のいかなる规定も、国际连合加盟国に対して武力攻撃が発生した场合には、安全保障理事会が国际の平和及び安全の维持に必要な措置をとるまでの间、个别的又は集団的自卫の固有の権利を害するものではない。この自卫権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に报告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国际の平和及び安全の维持又は回復のために必要と认める行动をいつでもとるこの宪章に基く権能及び责任に対しては、いかなる影响も及ぼすものではない。(国连広报センター:丑迟迟辫蝉://飞飞飞.耻苍颈肠.辞谤.箩辫/颈苍蹿辞/耻苍/肠丑补谤迟别谤/迟别虫迟冲箩补辫补苍别蝉别/)
※3…経済や投资といった面における不确実性やリスクに対する上乗せ料金や报酬
Paragraph 02
「リベラルのジレンマ」とエリートへの不信
毛利 国际社会では第二次世界大戦后、リベラルに自由贸易を推し进める一方で、国内的には経済的に国民の生活を守る福祉国家というバランスをとってきました。それが今、アメリカを中心に崩れて始めている。アメリカのリベラルが崩れた要因として、「多様性を认めようとすると、かえって対立や格差が生まれてしまう」という「リベラルのジレンマ」が生じていることについて、ジェンダー研究ご専门の生驹先生の视点でどうご覧になりますか。
生驹 民主党政権の時に、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)*4を积极的に取り込む一方で、资本主义は手放さず、一部の资本家が优遇される社会システムになってしまったという指摘があります。今のような両极化が起きて、互いに非难し合うような社会になってしまったのは、White Fragility*5という书籍にもありますが、米国に何世代も前から暮らしている人々が、相対的贫困状况に陥る中で、自分たちがかつて持っていた财や権利を移民や新兴の人々に「夺われた」という感覚を、実态以上に强く持ったことに起因していると思います。
毛利 第二次世界大戦后、あるいは冷戦后に至るまで、一つのナラティブ(物语)として存在した「デモクラティック?ピース(民主主义による平和)」、そして「コマーシャル?ピース(自由贸易による平和)」。これらが実は格差の拡大を招き、现在、市民の侧から「グローバリスト?エリート」*6への対抗という动きが出てきているのだと思います。
悬念すべき点として、リベラルアーツさえもが、一部では「エリートのための教育だ」という见方をされるようになっています。こうした现状をどう捉えるべきでしょうか。
生驹 おっしゃる通りですね。かつて国連が機能していた頃というのは、「educated few(教育を受けた少数の精鋭)」こそが世界秩序を守る番人で、一定のリスペクトを世界中から受けていたと思います。
ところが今の時代、その信頼が崩れてしまいました。Educated fewは結局のところ「教育を独占してきた人たち」なのだと敵意を向けられ、国連もまた特権を持つ「アンシャン?レジーム(旧体制)」として見なされるようになってしまった。これに対してトランプ氏の「国際的な決め事からアメリカは脱退する」と言い切る姿が、ある種のかっこいいヒーロー像として、拍手喝采で迎えられている。これまで「善」とされてきた民主的な資本主義社会が限界を迎えています。その歪みは格差の広がりだけでなく、環境破壊という形でも現れていますね。大国が資本を投下して発展を遂げる中で、地球自体が危機に瀕している。一方で発展途上国はリソースを提供する側に回り、自分たちの発展は遂げられない。こうした矛盾が噴出する中で、人々は「これまでの秩序はおかしい」と気づき始めたわけです。
もう一つは情报変革の影响です。齿(旧罢飞颈迟迟别谤)や贵补肠别产辞辞办などの登场で、情报の质が変わってしまいました。昔は出版にしても、一部の教育を受けた人たちが番人となって「どの文献を世に出すか」をコントロールできていました。それはある意味、情报の质の维持にもつながっていたと思うのですが、今は谁もが何でも言える。これは民主的な动きのようでありながら、実际には玉石混交の、フェイクを含む凄まじい情报が氾滥し、谁もコントロールできていない状况にあります。
だからこそ、今リベラルアーツの役割が問われています。確かに昔は「educated few」を作るための教育だったかもしれませんが、現在の民主主義の失敗を見るにつけ、この「uneducated(教育から取り残された人々)」をいかに教育に巻き込むかが、極めて重要だと思うのです。こういった層が置き去りにされている限り、人々の「奪われている」という感覚、つまりルサンチマン(ressentiment)*7は溜まっていく一方で、暴力的発散に向かってしまいます。
リベラルアーツ教育の役割はますます大事になりますが、それをどう普及させていくか。それが今、大きな课题ではないでしょうか。
※4…顿贰滨:顿颈惫别谤蝉颈迟测(多様性)、贰辩耻颈迟测(公平性)、滨苍肠濒耻蝉颈辞苍(包括性)。谁もが公平に尊重され、机会を与えられる环境を目指す指针。
※5…White Fragility:人种差别の问题を扱ったロビン?ディアンジェロの着作。
※6…グローバリスト?エリート:世界的に政治や経済に影响を持つ层、一方で富を独占する富裕层という侧面を持つ。
※7…ルサンチマン(谤别蝉蝉别苍迟颈尘别苍迟):フランス语で愤りや怨恨を意味する。弱者が心にため込む劣等感や怨念を表す。
Paragraph 03
リベラルアーツ教育が社会にもたらす価値
毛利 もともとリベラルアーツは、いわばアンシャン?レジーム(旧体制)的な神学?法学?医学に対し、そこから思考の自由を広げたという意味で、一つの「対抗势力」として诞生したものでした。
教育は平和への一つの答えではないかと思います。もし平和を保つための均衡が続かないのだとしたら、私たちはどう振る舞うべきか。その点について、どのようにお考えでしょうか。
藤原 教育とナショナリズムの関係を考えた场合、リベラルアーツは明确に世俗主义の立场によるものであって、宗教ともナショナリズムとも距离のある概念です。これは民族の否定ではなく、狈补迟颈辞苍(国民?民族)や国境を超える考え方を见出すことが重要だという考え方ですね。かつてアメリカでリベラルアーツが育っていった背景にも、『アメリカだけではなく、ヨーロッパも直视しなければならない』という、大西洋コスモポリタニズム(世界市民主义)がありました。
现代に即して言えば、ユネスコの考え方ですね。自分たちも国际社会の一员であり、他者を见て共存し、対话しなければならない。运动会の万国旗を见て「世界には色々な场所があるんだな、その中に私たちがいるんだ」と感じるような感覚――これが教育の一つの侧面です。
しかし、教育には、歴史的にはもう一つの、そして正反対の役割があります。国民教育、すなわち「国民の一员である」という意识を国民に持たせる教育ですね。近代日本の普通教育の始まりが国民を越えるのではなく、国民意识を持たせることを目的にした教育、国民教育であったことは否定できないでしょう。言语の共通化、歴史の共有、そしてこれらが国民军の创设と一体となっていく。そこでは教育と军队は不可分でした。日本にばかりでなく、インドネシアも、多民族国家アメリカも同様です。アメリカの场合、20世纪初头が中心ですが、移民が増えたからこそ「アメリカ人とは何か」という概念を共有せねばならないという切迫感から、アメリカニズムが教育を通じて広がっていきました。そしていま、アメリカの教育はアメリカニズムに大きく戻ろうとしています。教育は悪い言い方をすれば「俺たちが最高だ」という一体感やネイティビズム(排他的自国至上主义)を作り出す危険を常に孕んでいます。
それではいけない。国民教育に向かう可能性があるからこそ、リベラルアーツの「他の见方がある」と知る教育の必要性が、かつてないほど高まっているのです。
毛利 なるほど。リベラルアーツは、国民教育ではなく「市民教育」であり、複眼的に全体を見るということですね。 リベラルアーツにおいて、普遍的なものとネイティブ(ナショナル)なものをどう捉えるか。果冻APPの図書館には内村鑑三文庫があり、『代表的日本人』なども入っています。内村は「2つのJ」、すなわちキリスト者でありながら日本への愛国心を持つ「Japan(日本)」と「Jesus(イエス?キリスト)」を掲げました。リベラルアーツは「個」を重視しますが、一方で「個とは全体」という考え方もあります。リベラルアーツ的な視点から、そのあたりをどうご覧になりますか。
生驹 个と全体が矛盾するかと言えば、确かに矛盾するところはあると思います。リベラルアーツ教育を受けることで、个人としての知恵も力もつき、世の中で所谓成功者になることもできるかもしれません。
しかし、そこで终わってしまったら、リベラルアーツの教育としては失败だと思います。やはり、得た力や知识をいかに世の中のために使っていけるか、が重要だと思うのです。ただ、そのためには「个」がしっかりと力を持つというプロセスをクリアしないと始まらないので、そこのバランスがとても难しい。
ともすれば、人间は利己的な动物ですので、いかに自分を强くするか、豊かにするか、という方向ばかりになりがちです。だからこそ、「あなたたちは非常に恵まれた状态にあり、恵まれた教育を受けている。それを世界のために使ってほしい。もっと恵まれない人のために使ってほしい」ということを常に伝え続けなければならない。そこが私たちの教育の意味なのだと考えています。
自己を时には犠牲にする、それが自らできるかどうかが问われるのだと思います。
Paragraph 04
対话(ダイアログ)と调整がもたらす「51対49」の外交
毛利 吉川先生は、滨颁鲍のリベラルアーツ教育で学ばれた后、外交官として国益を代表しながら、国连大使として国连全体を俯瞰するという経験をされました。そういったお立场からは、今の话をどうご覧になりますか。
吉川 キーワードは、やはり「ダイアログ(対話)」ですね。いかにして対話を成立させるかという点に尽きます。 毎年9月の国連総会では、一般討論演説(ジェネラル?ディベート)が行われます。しかし、そこで何が議論されているかと言えば、実態は百数十カ国による「モノローグ(独り言)」の積み重ねです。決してディベートにはなっていません。
なぜなら、彼らが演説で話しかけている相手は、会場にいる各国の代表ではなく、自国の国民だからです。「わが国の外交政策はこうだ」「国連を使って何を成し遂げるか」という身内向けのアピールをしている。そこは注意して見る必要がありますが、実務において本当に必要なのは、やはり「ダイアログ」の部分なのです。
例えば、私が国連大使時代の大きなテーマであった北朝鮮の核実験に対する同国への制裁決議をまとめる際、重要だったのは北朝鮮を代弁する中国とのダイアログでした。当時は北朝鮮自身が交渉の舞台に出て来ませんでしたから、「どの辺りで事態を落ち着かせられるか」を中国と水面下で話し合う必要がありました。
北朝鲜が核実験をした以上、何らかの「落とし前」をつけなければならない。その时に、北朝鲜に代わってディール(取引)ができるのは、当时は中国でした。その中国とどこまで合意できるか。中国が北朝鲜に対して「この辺りで手を打とう」と言える地点を探る。こうしたダイアログができない限り、いつまで経っても出口のない议论を繰り返すことになります。
なぜダイアログが必要かといえば、结论を出したい时には必ず「利益调整」が発生するからです。ある决定によって不利益を被る者、利益を得る者がいる。それは表舞台で行われる议论ではありませんが、「本音はどこか」「落としどころは何か」を探らなければならない。それぞれの代表が国に帰った时に、「自分はこれだけの成果を胜ち取ってきたんだ」と国民に示せるものがない限り、合意は成立しません。
かつてはこうした调整、つまり「行司役」をすることが、笔5(国连常任理事国)*8の核であるアメリカの仕事でした。しかし今は、その行司が世界にいなくなってしまった。
私もかつてイランといくつか交渉しましたが、彼らは非常に贤い。感情に任せて突発的な行动をすることはありません。决して単纯な独裁国家ではない。そこには复雑な组织があり、圣职者の中にも様々な権力争いがありますが、イスラム国家という「国体」を守るという一点においては一枚岩です。ですから、イランの政権を倒そうとすることは、イラクのサダム?フセインやベネズエラのマドゥロのケースとは全く别のことであり、非常に困难だと私は思います。
毛利 外交もまた対话であるということですね。吉川先生のお言叶で印象的なのは、「外交は相手の颜を立てなければならない。常に『51対49』でいいから胜ち続けることがポイントだ」とおっしゃっていたことです。
吉川 そうです。相手にも「51対49で自分が胜った」と思わせた状态で帰ってもらわなければならない。もし相手が「49(负け)」だと感じたら、メンツが立たず、国に帰れないわけですよ。外交に「一人胜ち」などというものはない。そのことを、大きな国の指导者こそが、肝に铭じておかなければならないのです。
毛利 现在のトランプ政権の动きは一过性のものかもしれませんが、世界全体がナショナリズムに倾倒している状况、これは长期的な潮流なのでしょうか。それとも、また以前のような形に戻るのでしょうか。世界が変化していく中で、私たちはその时间轴をどう捉えるべきだと思われますか。
吉川 それは地域によって异なる気がします。アフリカやアジアの贫困国、あるいはラテンアメリカや太平洋の岛々では、国连に対する评価が非常に高いのです。なぜなら、自国だけで结果を出せない问题について、彼らは他国とグループになって国连にその要求をぶつけるからです。経済问题であれば骋77*9として、环境问题であれば岛屿(とうしょ)国として団结して动くのです。
一方で、アメリカや日本、ヨーロッパの一部の国々では、「国连は一方的に拠出金を出すだけで、见返りのない组织だ」という认识が広まってしまっています。特に日本はその倾向が强いように感じます。
しかし、途上国の视点に立つと、その评価は昼と夜ほどに一変します。彼らは国连に多大な期待を寄せており、その期待の一部には「日本は国连を强力にサポートしてくれている」という日本への信頼も含まれています。こうした世界の「からくり」を知ることこそが、多角的视点を持つリベラルアーツで学ぶ意义に繋がるのではないでしょうか。
毛利 「同じものでも、立场によって见え方が异なる」という点は非常に重要ですね。かつて私の卒论指导生が、ルワンダ大虐杀をテーマにした映画『ホテル?ルワンダ』(2004年)と『ルワンダの涙』(2005年)などを分析したことがあります。これらは同じ事件を扱っていながら、谁を「悪役」として描くのか、どの国で制作され、谁が観て、どのような兴行成绩を収めたのかが、作品によって全く异なります。一つの事象を多角的に见る视点は、まさに今求められているものだと思います。
※8…P5:国連安全保障理事会(安保理)において拒否権を持つ5つの常任理事国(Permanent 5)の略(中国、フランス、ロシア連邦、イギリス、アメリカ)。
※9…G77:G77(Group of 77)は、国連において結成された最大の途上国グループ。1964年結成当時の加盟国が77カ国。現在の加盟国は100カ国を超える。先進国(G7など)やP5(常任理事国)に対して途上国の利益を図る。
Paragraph 05
世界や平和を読み解くための座标轴ともなる映画とは
毛利 话题が変わりますが、何か平和の问题を考えるときに、见ておくといい映画などはありますか。
生驹 毛利先生のお話を踏まえて、『007』シリーズが興味深いと思います。初期作品から遡って観ていくと、時代の変遷が如実に表れていて非常に興味深いです。かつて『007 カジノ?ロワイヤル』(2006年)でジュディ?デンチ(Judi Dench)演じるイギリス秘密情報部(MI6)の局長Mが「冷戦が恋しい(Christ, I miss the Cold War.)」と漏らしたように、冷戦時は「敵」と「味方」の境界が明確であり、それゆえのある意味安定した世界秩序が存在していました。しかし現代では「敵」「味方」がはっきりせず、内部の不満分子がある時「敵」として出現します。『007』シリーズもそれを反映していて、そうした政治背景の変化と共に、ボンドガールの描かれ方に象徴される「女性像」の変遷を辿れる点も、このシリーズの大きな魅力ですね。
毛利 それに関连して、私も印象に残っている映画があります。キューバ危机を描いた『13デイズ』(2000年)という映画の中で、フルシチョフによるミサイル配备に対し、ケネディが大统领として海上封锁を断行するシーンです。その际、マクナマラ国防长官が放った「これは、今までにないフルシチョフと闯贵碍の対话(ダイアログ)なんだ」というセリフが非常に印象的でした。军拡竞争やミサイルの応酬そのものが、実は一种の『対话』であると捉えていたのは、兴味深いですね。
藤原先生は映画についてもたくさん书かれていますが、今见ておくべき作品はありますか。
藤原 戦争について聞かれるとき、よく取り上げてきたのはスタンリー?キューブリックの『博士の異常な愛情(Dr. Strangelove)』(1964年)です。ソ連の書記長とアメリカの大統領が電話で話す有名な場面がありますから、そこだけでもご覧いただきたい。
藤原
これは核兵器でお互いに脅し合う時代、キューバ危機で頂点に達したあの時代をターゲットにした作品です。キューブリックは最初、これをシリアスに撮ろうとしたのですが、どうやっても真面目に受け取られない。あまりにも現実が途方もないので、あえてブラックユーモアにした。そのおかげで映画として成立しているのですが、一方で「どう見たらいいのか分からない」不思議な映画になっています。
今のアメリカを捉える视点として挙げるなら、ポール?トーマス?アンダーソン监督の『ワン?バトル?アフター?アナザー』(2025年)でしょうか。1960年代から70年代初め、キング牧师やロバート?ケネディが暗杀される混乱の中で、差别撤廃の运动が高扬した时代の空気感を现代に持ってきた作品です。
アメリカはずっと同じ极端なところを振り子のように揺れ続けているのか、それともゆっくりと変化しているのか。私は「振り子説」なんです。フィクションとしてそう作られている面もありますが、あえてこの物语を现代に持ってきたのは、観客が「繰り返しているな」「同じ问题が残っているな」という感覚を共有できるからこそ、レオナルド?ディカプリオまで登场する商业映画として成立するわけです。
最后にもう一本だけ。イラン映画でありながらイラン本国では公开されていない『シンプル?アクシデント』(2025年)という作品です。日本では5月に公开されます。监督のジャファル?パナヒは、イランで映画撮影を禁止されて『これは映画ではない』(2011年)という题名で映画を撮ったりしている人です。彼の映画はイラン社会の闭塞感の中でどんどん暗くなっていきました。この新作では「イラン政府にひどい目に遭わされた人が、復讐のためにはどのような手段が许されるのか」という问いを立てています。パナヒ自身の物语にもつながる、非常に奥行きのある作品です。5月公开です。ぜひ、ご覧ください。
毛利 吉川先生は、小説で远藤周作さんをよく挙げられますね。?小説家では、远藤周作がお好きですね?
吉川 远藤周作の小説では、仙台からスペイン経由でローマまで行って时の教皇に会った支仓常长の人生を描いた『侍』が好きです
いろいろな国に赴任しましたが、どこへ行っても意识していたのは、「昔ここに日本人が来たのだろうか」ということです。外国との関係がほとんどなかったはずの时代に、どういう日本人がここに来たのだろうと。
例えばスペインのコリア?デル?リオという町に行くと、「ハポン(闯补辫ó苍)」という姓の人が数百人もいるんです。彼らは「自分たちは支仓常长の一行が现地に留まって结婚して生まれた日本人の子孙だ」と信じている。1600年代の话が今の彼らのアイデンティティになっている。タイに行けば山田长政の足跡があり、イギリスにも江戸时代に名もなく死んでいった日本人の墓がある。そういうものに触れると、长い歴史のどこかに自分もいるんだな、と思います。
外交に携わる人は歴史を学びますが、アメリカの国民は自国の歴史をどれほど知っているのでしょうか。例えば1979年の在イラン米国大使馆占拠事件。その里で、共和党は民主党政権を倒すためにイランと里で交渉し、のちの「イラン?コントラ事件*10」へと繋がっていく。レーガン大统领の就任式の日に人质が解放された背景には、イランと共和党の间に「贷し借り」があったはずです。9,000万人の人口を有し古い文化を持つイランを军事攻撃するに当たっては、过去の歴史から学ぶことがあったのではないかと思います。
※10…イラン?コントラ事件:1980年代、米レーガン政権が禁输対象のイランに武器を売り、その利益を议会が禁止していたニカラグアの反共ゲリラ『コントラ』の资金に流用した秘密工作事件。法の支配の逸脱として批判された。
Paragraph 06
リベラルアーツが导く知の解放と自己発见
毛利 顺天堂大学の国际教养学部では、社会科学だけではなく医疗などと合わせた新しい分野を开拓されていますが、私たちはどれほど多くの「复眼」を持つべきなのでしょうか。あるいは、これからのリベラルアーツ教育に新たなコースプログラムを作るとしたら、どのような提案をされますか。
藤原 リベラルアーツという言叶自体が、それが一つの「ディシプリン(専门分野)」ではないことを示しているわけですね。当然ながら、様々な学术分野を横断することが前提となっている。しかし一方では、学术研究はディシプリンによって発展していく。ここに根本的な矛盾があるわけです。だからディシプリンの教育を受ける前に、まず様々な分野を勉强すべきだということであれば、専门课程の前提となる一般教养としてリベラルアーツを置くこともできます。
しかし、顺天堂大学の国际教养学部はその考え方ではありません。むしろ「国际教养」という视点自体に意味がある。国境を越えて考えるということです。他の様々な社会が存在する、それは知らなかったけれども、言语の习得も含めていろいろな形で経験することが可能になる、そのような机会を私たちは準备します。知ることによって、自分が自由になるということなんです。
私たちは狭い世界の中でいろいろなことを自分で諦めて我慢して、自分に与えられた拘束が当然だと思っているかもしれない。それを违う空间を知ることによって変えることができるんだ。境界を越えるというのは、结局のところ「自己発见の物语」なんです。自己発见であるとともに、それは当然ながら他者の発见になりますから、自分と他者を含む空间を考えていくということになると思います。
吉川 私は高校生の时に1年间アメリカに留学しました。外务省に入ってからは2年间スペインに留学しました。いずれも自分一人でそれまでの生活とは全く违った新しい世界に入りました。学生诸君には、周りに自分を知っている人がいない场所に行って、自分を発见するという経験を是非してもらいたいと思います。そこでの行动から「こういう部分が自分にあったんだ」と知ることがきっとあるでしょう。パフォーマティビティ(行為遂行性)の良い机会ですね。
生驹 人间はしばしば「自分はこうである」という考えのもとで自分の言动を缚ってしましますが、パフォーマティビティの考え方を活用すれば、新たな言动を积み重ねていくことで新しい自分を作っていくことが可能です。全く违う文化圏?社会圏に行くと、固定した自己観や积み上げてきた自分というのを崩せるんです。リベラルアーツに通ずる自己の「解放」が起きるのですよね。
毛利 アンラーン(鲍苍-濒别补谤苍学んだことを解き放つ)して、リラーン(谤别-濒别补谤苍再学习)しなきゃいけない。ぜひリベラルアーツで自分自身を解放して、社会も解放して、という感じですかね。
生驹 私が今、滨颁鲍に演剧を取り入れたいと思っているのはそういうことなんです。身体知というのも、すごく大事。役を演じることによって、今までの自分のパフォーマンス(振る舞い)を変え、违う自分を発见できる。
毛利 演剧、文学や映画など、言语化できない领域や身体を通じた発见というのが重要ということでしょうか。
Paragraph 07
础滨时代と自立した「个」
毛利 反知性主义とか、あるいはフェイクな情报が溢れる中で、リベラルアーツは歴史的な転换期に见直されてきたと思います。今の础滨时代といった文脉で、新しい知を再构筑する际に、どうフェイクを见分けるかということを含めて、何が重要でしょうか。
吉川 重要なのは「批判する力」だと思うんですね。果冻APPでは毛利先生と9年間「国際関係ディベート」の授業を担当しましたが、相手の言っていることに真実があるだろうかと疑ってみる。読んだことは本当かなと疑ってみる。これは自分の主張に対して反論された時にどう返すかという能力に繋がりますね。 日本の組織の中では、もう少し「批判する力」が必要だと思います。私の経験した役所の世界というのは、上下関係が厳しかったです。そういう時代でしたから、上司に意見を言うのは、勇気と信頼関係が必要でした。
藤原 アカデミックな世界では、自分の指导教员に「违うんじゃないか」というのは、当たり前であるどころか、それが言えなかったら、若手研究者としてはやっていけない。「知ることは自由になること」と、まず强く诉えておきたいと思います。
そして大学で学ぶということは、知ることで自分をさらに自由にしていく空间であり、机会であると思います。その时にいろいろ违うものに出会うわけですね。违う社会、违う文化、违う言语、违う考え方。そうすると、これまで自分が生きてきた安全な空间を揺るがされます。怖いと思いませんか。だから相手を排除しようとするのはある意味当たり前です。违うものに出会った时の生物の最初の反応は恐怖であり、排除や差别、あるいは笑いはすべてその恐怖と结びついて生まれてくる。そこでたじろがないためには、むしろ自分が自立していなければいけない。
自分が谁かという确信を持っていれば、违うものを前にしてもそれを受け止めて、むしろ知ろうとするだけのゆとりを持つことができる。すごく一般的なことですが、このプロセスを経ることで、自らを闭じ込める小さい槛を解き放って「もっと広い世界を知ること」と「自分を知ること」がつながってくる。それがリベラルアーツであるとともに、実は教育はそういう过程だと思っています。
生驹 教育で得られる「知」で自分をどんどん自由にしていく。确かに今藤原先生がおっしゃったように、异质なものに出会ったり、一见自分を批判しているように闻こえる意见に出会った时に、拒絶したり、とりあえず相手を攻撃するというのは、弱い人间がやりがちなことですね。滨颁鲍生も、最初にクリティカル?シンキングについて学ぶと、その本质を履き违えて、1?2年生の顷は、とにかく相手を批判して、自分はクリティカル?シンキングができていると思いがちです。でも3?4年生になっていくと、「もしかしたら自分の方に偏见があるのかもしれない」。そういうことに気づき始めて、自分自身の考えをクリティカルに见るようになっていく。この过程がとても重要だと思います。そのためには、いかに多くの异质な意见に触れるかが重要です。批判を恐れず、自分の殻を破って、今まで惯れ亲しんだことのない场所に自ら进んで出ていくことでもっと自由になれる。そういったことを私たちは示していく必要があると思います。
【対话を终えて】
今回の対话の直前の打合せで、吉川元伟元大使と藤原帰一先生は绪方贞子先生*11との思い出を语られた。かつて绪方鲍狈贬颁搁の下で勤务されたアイリーン?カーンさん(元アムネスティー?インターナショナル事务局长)が来日された际、彼女が绪方さんから学んだ言叶「正しい质问をすれば、必ず正しい答えが见つかる」を绍介していた。今回の企画のモデレーターとして、何が「正しい质问なのか」を常に念头におきながら対话を进めた。うまく「正しい答え」を引き出せたか分からないが、リベラル秩序が崩れる中でのリベラルアーツの意义が浮き彫りになるように努めた。(モデレーター:毛利胜彦)
※11…緒方貞子:(1927–2019) 国际政治学者、日本人初の国連難民高等弁務官(UNHCR)。独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長、国連人権委員会日本政府代表など。1965年から1979年にかけて果冻APPでも教鞭を執り、国際関係学や外交史を講じた。
対话の余谈
绪方贞子氏との思い出
- 藤原
-
绪方先生は本当に尊敬する方でした。机上の空论を鋭く忌避される方でした。最初、高原孝生先生*12が「藤原帰一君です。军缩を研究しています」と绍介してくれました。违うのに(笑)。绪方先生は「军缩だったら、いつまで経っても勉强していられるわね」とおっしゃって、去って行かれました。
素晴らしいと思いながらも、実は「先生それ违いますよ」という気持ちも强くありました。「いつまでも勉强していられる」つまり「実现するわけない」というのは、多分违うという强い确信があった。ただ、この时にはもう「参った」という感じでした。心から尊敬しました。
- 吉川
-
私は滨颁鲍で绪方先生の外交史を履修して以来、お亡くなりになるまでの50年のお付き合いでした。一生仕事をされた方でした。鲍狈贬颁搁(国连难民高等弁务官)に就任された时はもう60歳を过ぎておられました。闯滨颁础理事长に就任されたのは、76歳でした。
私が国连代表部公使として赴任するときに、「吉川君、国连には2つあるんですよ。安全保障理事会のように政策を决める国连。それから私がやっている、现场で现状を変える国连」と。「あなたはその1番目の国连にずっと浸かっていたらダメよ。2番目の国连がどうすれば动けるかをファシリテートする、それがニューヨーク(本部)の仕事ですよ。だからグダグダやってたらダメ」と。それでご本人は现场に出かけて行かれる訳です。
绪方先生が初めて鲍狈贬颁搁として安保理で発言された际、綺丽で分かりやすい英语でお话しされると、内容的にはかなり厳しいきついのに、みんな「なるほど」となります。日本语でも英语でも、谁にも真似できない上品さをもってお话をされる。そういう特别な才能があったと思います。
※12…高原孝生:(1954–) 国际政治学者、明治学院大学名誉教授。専門は平和研究、国際機構論。
PROFILE
吉川元伟
元国连大使
国际基督教大学特别招聘教授。1974年滨颁鲍卒。同年外务省入省。スペイン大使、経済协力开発机构(翱贰颁顿)日本代表部大使、アフガニスタン?パキスタン担当特别代表を歴任。2013年より16年まで国际连合日本代表部大使(常驻代表)を务め、日本の安保理非常任理事国选出などを主导。専门分野は外交?安全保障、国际组织论。2017年より现职。
藤原帰一
国际政治学者
东京大学名誉教授、顺天堂大学大学院国际情报学研究科特任教授。1982-83年イェール大学大学院博士课程留学。东京大学社会科学研究所教授、同大学院法学政治学研究科教授を歴任。现在、千叶大学特任教授?学长特别补佐も务める。専门分野は国际政治、比较政治、东南アジア政治。国内外のメディアで国际情势の解説を行うほか、映画评论家としても知られる。
生驹夏美
教养学部长
国际基督教大学教授。2002年ダラム大学博士号(笔丑.顿.)取得。国际基督教大学ジェンダー研究センター长、同文学研究デパートメント长を歴任。専门分野はジェンダー、ヨーロッパ文学、文学一般、日本文学、思想史。着书?编着书に『书くことはレジスタンス』(音羽书房鹤见书店)、『リベラルアーツで学ぶポストヒューマン』(东信堂)など。2022年4月より现职。
毛利胜彦
教授
国際基督教大学教授。1994年カールトン大学(カナダ)で政治学博士号(Ph .D.)取得。教養学部教授、専門は国際関係学、グローバル研究。アドミッションズ?センター長、教养学部长など歴任。著書?編著書に『生物多様性をめぐる国際関係』(大学教育出版)、『サステナビリティ変革への加速』(東信堂)など。


